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2009年11月30日

山形県、「高畠石」の石切職人は立った一人。

昔ながらの手作業で石材を切り出す
石切り職人が消えようとしている中、

「高畠石」

を産出する山形県高畠町でも、
半世紀にわたり石を切ってきた

同町安久津 後藤初雄さん(79)

が残るだけなんだって。
高畠石の歴史と伝統の技を伝えていくことは、残せないのでしょうか?

そんな思いを持って、
東北芸術工科大が12月、

高畠石をテーマにしたシンポジウムを開く

など、価値を見直そうとの機運も生まれつつあるそうです。

ブドウ農家だった後藤さんが石切りを始めたのは30歳になる少し前だったそうです。
農閑期の仕事として
石切り工だった弟の作業を見よう見まねで数年かけて覚えたんだって。

やがて、ブドウ栽培がうまくいかなくなり、本職になったんだって。

これも偶然といえば偶然、。
でもそんな中、偶然にも歴史と伝統が守られてきた。

30歳から始めるなんて、決して早いとは言えなかった、石切の技術の習得。

当時は瓜割石切り場でも30人ぐらいが働いていたそうですが、
コンクリートの普及、
石材産業の機械化などの影響でその数は減り、
今は後藤さんだけになったんだって!

ん?先に始めていた石切工の弟さんは?
どうしたんだぁ・・・。

やっている仕事は昔と変わらない。
「ハァッ」の掛け声とともに、

約5キロのツルハシを1日何千回も無心で振り下ろす。
かじ屋がいなくなり、道具も自作なんだそうです。

刃を研ぐ作業で耳も遠くなったんだって。
そうかぁ。
そういう職業病にもなるんですね。

歴史と伝統の業を守っていくって言うのは、本当に大変なことだと思います。
本職にして行くには、それなりの覚悟がいるでしょうし、

それで、食べて行かなくてはいけないんだものね。
でも、生半可な気持ちでやるわけにはいかない。

シンポジウム

「高畠石の歴史と未来」

は12月6日に
高畠町の県立うきたむ風土記の丘考古資料館で開かれるそうです。

専門家6人が高畠石の歴史などを紹介した後、
石材業者や地域活性化に取り組む関係者も加わり、

「高畠石の遺産をどう継承するか」

をテーマに討論するそうです。


東北芸術工科大の北野博司准教授(考古学)は

「無形の技と知恵を残すことが大事。自然について知るなど、
現代人が失ってはいけない本質的なものがそこにある」

と話しているそうです。

でも、日本古来からの伝統と技術を守っていくのは、本当に大切なことだと思います。
ぜひ、このシンポジウムで少しでも良い結果が
でると良いですね。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091130-00000002-khk-l06


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